SF作家、山本弘さんの日記から。

 SF作家、山本弘さんの日記から。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1439171794&owner_id=365376

 しつこくこの関連の話題を書かせてもらう。
 推進派の意見を見ていて思ったのは、彼らは「表現の自由なんて踏みに
じってかまわない」と思っているらしいことだ。

 だって「自由」は目に見えないから。

「自由」は空気みたいなものだ。そこらじゅうに存在しているのに、漠然
としていて、目に見えない。人はそれに支えられて生きているにもかかわ
らず、普段、そんなものの存在を意識していない。だから「ちょっとぐら
い減っても生きていけるでしょ?」と勘違いする人間もいる。
 空気と同じく、「自由」も欠乏したら窒息するということが、彼らには
理解できていない。

 だから「表現の自由」を錦の御旗として振りかざしても、その大切さが
分からない人には、アピールしないんじゃないかと思うのである。
 彼らにはもっと目に見えるものを突きつけなくちゃだめだ。
 そこで、こんなアピールの方法を考えた。(一部、前に書いたことの繰
り返しになるけど、ご了承いただきたい)

 日本の少年マンガの中で、性的描写や暴力描写が頻出するようになった
のは、1960年代末からである。その牽引役が永井豪氏であることは言うま
でもない。もちろん他にも多くのマンガ家がいたのだが、最も有名で、当
時の子供たちに最も影響力があったのは、この人だと思って間違いなかろ
う。

 主要作品   連載期間
ハレンチ学園』1968〜72
『あばしり一家』1969〜73
デビルマン』1972〜73
マジンガーZ』1972〜74
キューティーハニー』1973〜74
バイオレンスジャック』(週刊少年マガジン版)1973〜74
『イヤハヤ南友』1974〜76
けっこう仮面』1974〜78
へんちんポコイダー』1976〜77

 永井氏の人気の絶頂期が60年代末から70年代後半であったことが分かる。
 その作品のどれも、未成年の全裸、セクハラ、下品なギャグ、暴力描
写、残酷描写などがてんこ盛りである。正直、今の少年マンガのエロ
(『To LOVEる』とか)なんて、永井豪作品に比べれば生ぬるいぐらい
だ。もちろん当時、PTAなどに「有害だ」とさんざん叩かれた。
 規制推進派によれば、こうした作品は「青少年に対し、性的感情を刺激
し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成
長を阻害するおそれがあるもの」ということになろう。つまり永井豪のよ
うなマンガが増えることによって、青少年の性犯罪、自殺、殺人などが増
加していたはずである。
 実際はどうだったか。青少年によるレイプ、自殺、殺人の推移を見てみ
よう。

強姦被害者数
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm#G-youjyoR1-2
 60年代後半から急降下している。

各年齢層10万人当たりの若者自殺率
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Jisatu.htm
 1965年からほぼ横ばい。

未成年の殺人犯検挙人数
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm
 60年代後半から、すごい勢いで急降下!

 無論、大勢のレイプ犯の中には、永井豪作品に刺激されて犯行に走った
者が何人かいた可能性は否定できない。だが、それは実証できない。
 たとえ何人かそういう奴がいたとしても、この時代の急激な犯罪率低下
の波に飲みこまれ、データからは見えなくなっている。

 さらに、規制推進派の主張からすると、青少年向けマンガの表現規制
日本よりはるかにきびしいアメリカや韓国に比べ、日本の犯罪率は高いは
ずである。
 現実はこうだ。

人口1000人当たりのレイプの件数
http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita
 日本は65ヶ国中54位。アメリカ9位、韓国16位。

人口1000人当たりの殺人
http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_percap-crime-murders-per-capita
 日本は62ヶ国中60位。アメリカ24位、韓国38位。

人口1000人当たりの若者による殺人
http://www.nationmaster.com/graph/cri_mur_com_by_you_per_cap-murders-committed-youths-per-capita
 日本は57ヵ国中57位! アメリカ14位、韓国39位。

 少ねー! 日本の犯罪、少ねー!
 これは世界に誇るべきだ。日本はこれだけエロマンガエロゲーが氾濫
しているにもかかわらず、世界の中でも、とてつもなく犯罪の少ない国な
んである。

 さらにアメリカのデータを見てみよう。
 アメコミ・ファンならご存知だろうが、アメリカでは1949年ごろから反
コミックス運動が高まった。当時のコミックスには、残酷なシーンやセク
シャルなシーン(斧で切断された首、目をナイフでえぐられようとしてい
る女性、ムチで打たれている女性、きわどい衣裳で踊る女性、下着姿で縛
られた女性などなど)が多く、それが青少年に悪影響を与えると騒がれた
のである。出版社やニューススタンドには「俗悪なコミックスを売るな」
という抗議が殺到。一部の地方では、大量のコミックスが学校の校庭など
に集められて燃やされた。
 1954年、合衆国議会の少年非行対策小委員会は「コミックブックと非
行」と題するレポートを発表、青少年に悪影響を与える可能性のある表現
を規制するよう、コミックス出版界に勧告した。

 これを受け、全米コミック雑誌協会は「あらゆるコミュニケーション・
メディアの中でもっとも堅苦しい」と彼ら自身によって評されたコミック
ス・コードを制定した。1954年8月26日のことである。
 暴力表現や性的な表現にきびしい規制が設けられた結果、コミックス界
全体から活力が失われた。そのため、読者の多くがコミックスを買わなく
なった。コミックス・コード制定前、コミックス誌は650タイトルもあ
り、毎月1億5000万部も発行されていたのだが、ほんの数年で半減してし
まった。多くの出版社がコミックスから撤退した。フィクション・ハウス
社やベター社など、倒産した出版社もいくつもある。
 その結果が上のグラフである。アメリカの指標犯罪(凶悪犯罪や窃盗
犯)の件数をグラフにしたものだ。
 まさに一目瞭然! コミックス・コードが施行された54年以降、アメリ
カの犯罪は減るどころか、急カーブを描いて上昇しており、1980年には3
倍にもなっている!

 ちなみにこのグラフは、前田雅英『少年犯罪』(東京大学出版会)とい
う本から引用したものである。
 そしてこの前田雅英氏こそ、今回の「東京都青少年の健全な育成に関す
る条例」の改正案を出した東京都青少年問題協議会の専門部会長なのであ
る。
 どうなってるんだろうか。前田氏は自分の書いた本に載せたグラフの意
味を理解していないのか。

 つまり、マンガの表現と青少年の犯罪の間には、規制推進派が主張する
ような正の相関関係ではなく、負の相関関係(表現が過激になれば犯罪が
減る)があるのだ。
 無論、相関関係があるからといって因果関係があるとは断言できない。
相関関係はあっても因果関係のない事例はいくらでもある。
 だが、少なくとも、相関関係が存在しないところに因果関係を求めるの
は無茶だということは、子供でも分かるだろう。
 それに、もしかしたら本当に因果関係があるのかもしれない。海外では
「ポルノが性犯罪を抑制している」という研究があることもつけ加えてお
く。

Porn: Good for us?
http://www.the-scientist.com/article/display/57169/

 規制推進派の人たちはこうしたことを知らないのだろうか?
 そんなことはない。彼らは知っている。第28期東京都青少年問題協議会
議事録(第10回専門部会)には、こんなくだりがある。

http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/09_28ki_menu.html

>○吉川委員(中略)特に、答申案の46ページに、そうした図書が自由に
流通していることによって、子どもたちがこのような性交をしても構わな
いという認識を青少年が持って、健全な性的判断能力が大きくゆがめられ
ることになると言い切っていますが、ここについて、その根拠はどこかと
言われたら、それあくまで我々としては、たぶんそうだろうという認識で
あるとしか言えなくて、私自身、別に過激な漫画、子どもポルノについて
容認する立場では全くないのですが、こうした指摘に対しての見解案とし
ては、少しピントがずれていると言われても仕方がないのかなと危惧しております。

「たぶんそうだろう」というのが根拠なのだそうだ。

>○吉川委員私としては、性犯罪の減少も目的の一つであると言ってし
まって、ただ、そうした創作物が性犯罪の発生と密接な因果関係があるか
どうかを、必ずしも統計を示してまで立証する必要はなくて、逆に、関係
がないという根拠もないわけなので、だから、統計的なデータがないから
犯罪との因果関係がないとは別に言い切れないと突っぱねたらいいと思い
ます。

 立証する必要はないし、データがなくても「突っぱねたらいい」のだそ
うだ。
 ふざけるな。
 お分かりだろう。彼らは自分たちの主張を支持する根拠がないことを
知っている。にもかかわらず、規制を主張するのだ。これはもう、「デー
タなんかどうでもいい。俺たちは規制したいからするんだ」と自白してい
るようなものである。

 まとめよう。

 規制によるメリット
・表現を規制すれば青少年への悪影響が少なくなって犯罪が減る。
(ただし証明されていない。データは正反対の相関を示している)

 規制によるデメリット
・表現を規制すれば逆に犯罪が増える可能性がある。
(因果関係は証明されていないが、相関関係はある)
・出版業界、アニメ業界、ゲーム業界が打撃を受け、多大な経済的損失が
生じる可能性が高い。
・冤罪事件や言論弾圧に悪用される危険がある。

 グラフを提示するとともに、「このメリットとデメリットを比較してく
ださい。あなたなら規制に賛成しますか?」と問いかけてみるというのは
どうだろうか。
表現の自由」という抽象的な概念に頼らなくても、これぐらい目に見え
る形で提示すれば、理解してくれる人は増えると思うのだが。

【この日記は全体に公開します。転載は自由です】